インドとパキスタンの独立と対立の歴史。バジュランギおじさんを観る前におさらいしたい。

インド映画の豆知識

みなさんこんにちは、ビーグル情報館です。

 

『バジュランギおじさん』楽しみだよね

『バジュランギおじさん』は、パキスタン人のイスラム教の迷子の女の子をヒンドゥー教のインド人の男が、インドからパキスタンの家まで送り届けると言う話です。

(まだ観れていませんが、公式ホームページより)

 

高校生の時、世界史の授業は全部爆睡していたためインドとパキスタンの関係はあまり詳しい事は知りませんでした。『最後の総督』を観て、「インドとパキスタンってこんな歴史があったんだな…」と知った私です。

 

そこで、今回はパキスタンとインドがどうして対立しているのか、をザックリ書いていこうと思います。

一月に映画を見た時、バジュランギおじさんの苦労がより具体的になると嬉しいです。

 

1947年までのイギリスの支配

15世紀まではイスラム教がだんだん勢力を伸ばしていきますが、ヒンドゥー教を粗雑に扱う事はなく他の宗教も含めて微妙なバランスで成り立っていました。

例えばタージ・マハール。タージ・マハールはヒンディー様式やイスラム様式の織り交ぜられた素敵な建築様式で、世界中の人たちがその姿を拝むために訪れる場所です。

しかし、15世紀末にアジアの富を求めたヨーロッパ勢力がインドに訪れました。

特にイギリスはインドを積極的に植民地化し、インド亜大陸全体を領土として1877年に英国領インド帝国を成立させました。

インドの位置credit:https://ja.wikipedia.org/wiki/イギリス領インド帝国

1857年にシパーヒーの乱という大きな抵抗もありましたが、暫くはイギリスの占領は続き、1900年代になってガンディー、ネルー、ジンナーらが登場し反英独立運動が本格化し、1947年にインドとパキスタンとして独立をしました。

(占領下のインドの雰囲気が分かる映画→【★3.8】インド映画『ラガーン』減税を掛けたクリケットバトル)

 

ここで、イギリスはインドを統治している間、インド国民の不信感や不満がイギリスに向かないように宗教を利用していました。ヒンドゥー教徒にはイスラム教のネガキャンを、イスラム教徒にはヒンドゥー教のネガキャンを、、、といった具合にです。

 

ヒンディスタン(インド)とパキスタン

インド映画『最後の総督』

印パ分離独立についてイギリス目線で描かれた映画がインド映画『最後の総督』

この映画は1947年にイギリスからインドに引き渡すために総督としてインドから赴任した人の話で、独立当時のインドの混乱がよく描かれています。

 

ヒンドゥー教とイスラム教の対立

イギリスからの独立が決まっても、インド国内に残ったのは宗教間の派閥でした。

 

独立運動当時は人の心には余裕がなくこれまでなあなあになって来た事も気になってしまい、宗教の対立が深刻になってしまいます。

 

ヒンドゥー教は多神教という側面から他の宗教への抵抗感が薄く、統治下でもイギリスの英語や西洋文化をどんどん取り入れていったため医師や弁護士など収入のいい職に付く事が出来ました。

逆にイスラム教徒は、イギリス文化を拒絶したため、ヒンドゥー教と比べると相対的に貧しくなってしまいます。そこでインド亜大陸にいたイスラム教徒は他の宗教に比べて少数派であったことに加えて、貧困への焦りや困窮が拍車をかけて「差別されている」と感じる一因にもなってしまったのです。

 

独立運動の初期は手を取り合っていた二つの宗教

ガンディーの指導によって行われた1920年代の運動ではヒンディー教徒もイスラム教徒も協力をしあっていました。

しかし、この運動が失敗に終わると急に宗教対立が深刻になってしまったのです。宗教間の微妙なバランスが崩れ落ちた瞬間でしょう。

 

前々から迫害されていると感じていたイスラム教徒はパキスタン建国のため手を取り合う流れになっていくのです。

ヒンドゥー教徒は「前から思ってたけどなんかあいつら感じ悪いんだけど…」といった感じで避けたり本当に迫害するようになり、お互いの溝がどんどん深まっていくのです。

 

ムスリムの星、ジンナー登場

1930年代半ば、イスラム教徒のジンナーはムスリム同盟の活動を活発化させ、インド国内の(一部の熱心な)イスラム教徒をまとめ上げます。

「ヒンドゥーとムスリムはそれぞれ異なる民族である」としてインドとは別のイスラム教徒の国を作る「パキスタン決議」を掲げたのです。

これに対してガンディーやネルーは「様々な宗教が共存してこそインド」「政治と宗教を切り離した近代国家」などの目標を掲げていたため反対をしましたが1947年8月15日には別々の国として独立することになったのです。

独立後のインドとパキスタン
credit:https://ja.wikipedia.org/wiki/インド亜大陸

 

余談です。

『最後の総督』で国籍選びのシーンがありますが、日本でいう選挙の箱が設置されているようなところに赴いて名前と国籍を言うと手続き完了って感じの手続きの緩さに驚きました。

 

独立後も対立は続く

独立直前からの宗教対立による虐殺や、独立後に国境を越えようとして殺されてしまった人がいること等によって、現在にも続く相互不信状態は形作られました。

 

現在インドでも一部の人はパキスタンを「ニュースで見る野蛮な兵隊が沢山いる国」として認識している人も一定数いるようで、実際にパキスタン人の触れ合って考えが変わったと言う人もおり、イメージって大きいなと思いますね。

 

現在でも国境付近はたまに危険な事があるようなので、不慣れな観光客はあまり近付かない方が良いでしょうね…。

 

まとめ

少しでも今回の印パ分離独立の話が『バジュランギおじさん』を観る皆さんの助けになれば、と思います。

 

私は今回まとめていて、インドの歴史を知れば知るほど、西洋列強の侵略の爪痕の大きさを感じさせられるな、と思いました。

インドとパキスタンはもともと同じ国だったのに…と考えるととても悲しくなってしまいます。当時も宗教に関係なく友達だった人々が引き離されてしまったのかな…と考えると少し寂しくなってしまいますね。